セラピストにむけた情報発信



バランス能力の低い高齢者における注意切り替え能力
Hawkes et al. 2012




2013年2月13日

歩行中に目的物を探しまわったり友人と話したりするなど,複数の作業を行いながら歩行する状況において,高齢者の転倒の危険性が増すという指摘されています.

今回ご紹介する論文は,高齢者における歩行中のデュアルタスク能力について数多くの研究をしているWoollacott女史が関わる,最近の研究です.

Hawkes TD et al. Why does older adults' balance become less stable when walking and performing a secondary task? Examination of attentional switching abilities. Gait Posture 35, 159-163

この研究で対象とした課題は,注意の切り替え能力を見るための課題と表現されました.より具体的に言えば,同一の刺激に対する反応方式を,ルールに沿って切り替えることのできる能力です.こうした能力には,ワーキング・メモリの一部といわれる中央実行系(central executive)が関わるといわれています.この機能が正常に働かないと,転倒危険性が高くなることが指摘されてます.

実験課題では,刺激である黒丸がコンピュータ・ディスプレイの上か下かに提示されました.

実験対象者はこの刺激に対して3つのルールのいずれかに沿って反応しました.第1のルールでは,上の丸に対して上のボタン,下のボタンに対して下のボタンを押しました(ルール1).第2のルールでは,上の丸に対して“下”のボタン,下のボタンに対して“上”のボタンを押しました(ルール2).このルール2では刺激の上下と反応するボタンの上下がマッチしないため,課題の難易度はルール1に比べて高くなります.

中央実行系の機能を評価する課題は次のルール3でした.ルール3では,2試行毎にルール1とルール2を切り替えて反応しました.例えば黒い丸が「上,下,上,下」の順で出てきたら,対象者は「上,下,下,上」と反応することが求められました.

実験の結果,姿勢バランス能力に問題のある高齢者は,全てのルールにおいて一般高齢者に比べて反応が遅いものの,特にルール3における反応が顕著に遅いことがわかりました.また,ルール3における反応が顕著に遅い人は,歩行速度が遅いという相関関係があることもわかりました.

この様な研究は,中央実行系の機能である注意の切り替え能力が,転倒の問題と深く関わるという従来の説明を支持するものです.またこの研究で用いた実験課題も応用性が高いと感じました.

ただ残念なことに,この論文は論文としてのクオリティはあまり高いとは言えず,得られた結果に対する十分な考察もできていません.論文の書き方ひとつで,同じデータが輝くこともあれば,埋没するリスクもありうるということを改めて感じた論文でもありました.


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